指定管理者制度2010年05月19日 18時52分52秒

宮代町で現在、町立図書館の指定管理者導入が論議となっている。近く、指定管理者の募集が行われ、9月議会で決定し、来年度から正式導入というのが、執行側の目論見である。

ただ、ここにきて、当初のコスト削減効果とは大分かけ離れたコスト削減修正見通しが提示され「話が違う」との意見が出始めている。

指定管理者導入の目的の一つにコスト削減があるのだから、この論議は大きな問題のひとつではある。その推移を見守ろう。

それとは別に、指定管理者の議会論議を傍聴しながら、頓珍漢で的外れだが、思ったことがある。

宮代町のキャッチフレーズは「農あるまち」「水面に映える文化都市」。そして現町長の掲げる「小さくてもキラリと光るまち」である。

いずれも、宮代町の良さをアピールしながら、それを生かしていく政策ということであろう。

「農あるまち」。「新しい村」を中心に自然豊かな農ある環境の中で安心・安全の生活がおくれるまち--ということだろうか。

「水面に映える文化都市」。県内有数の利用率を誇る町立図書館を中心に、文化溢れる高級な住宅都市--ということだろうか。

いずれも、団塊の世代が町の中心を占め、活気溢れるまちづくりが行われていた時代のキャッチフレーズである。

その後、少子高齢化の中で、団塊の世代が老齢化を迎えるに伴い、ベッドタウンとして歩んできた町は急速に財政基盤が悪化していく。

執行側がこのとき打ち出したのは行政コストの削減と合併による乗り切りである。特に、国の施策であった合併にはとことんこだわった。

合併、すなわち、極論すれば、特色あるまちづくりを放棄し、コスト至上主義のまちづくりへの移行である。

合併論議が進められている間、まちづくりは停滞し、全ては合併にかけられた。だから「農あるまち」「水面に映える文化都市」は、現在も変わらず町のキャッチフレーズで有り続けている。

最終的に(合併に未練を残す声は多く聞かれるが・・)、合併が成就せず、単独でのまちづくりが求められ、ここに来てやっと次期中期計画を策定する動きが始まった。

合併論議の間、何もしなかったわけではない。行財政改革は遅滞なく行われた。特に積極的に進められた施策のひとつが、公共施設の指定管理者制度移行である。

施設の管理運営を指定管理者に任せれば、運営コストが削減できる。民間の持つノウハウ・活力を施設運営に活用でき、しかもコストの削減が出来る--一石二鳥というもので、執行側にとっては、施設運営に細かい知恵を絞る必要はなく、監督を行うだけというもってこいの制度である。

このため、急速に、導入が進み、「新しい村」や「総合体育館」など当初導入を予定していた施設のほとんどが指定管理者に移行し、残すは図書館のみという状況である。

図書館に指定管理者導入を可能とする条例は一度は否決されたが、この3月議会に再提出。今度は、賛成が上回り、可決・成立した。

よって、あとは移行に向けての事務手続きとなり、冒頭のようなスケジュール感となっているもの。

再度くりかえす。宮代町のキャッチフレーズは「農のあるまち」「水面に映える文化都市」である。

「農のあるまち」の中心拠点は「新しい村」。
「水面に映える文化都市」の中心拠点は「図書館」など。

「新しい村」はすでに指定管理者に移行済み。
そして今回「図書館」も指定管理者に移行する。

町のキャッチフレーズの両拠点が、町の直接ではなく、『他人』の管理・運営となる。

まちづくりの『目玉』が、『他人の手』で管理・運営される。

先行して指定管理者の運営となっている「新しい村」。その管理。運営の詳細が論議されることはほとんどない。指定管理者の努力もあって管理・運営が順調に行っているからであろう。

だが、それは管理・運営が順調ということであって、「農あるまち」というまちづくりが活発に進展しているということではない。

それは「新しい村」の指定管理者がやっていないということではない。むしろ、さまざまなアイデアを出して管理・運営の枠内で出来ることを精一杯実施しているように思う。

なのに、町の施策とつながってこない。ベール一枚向こう側の『他人の手』なのである。

一方、町当局は、指定管理者に任せたことに安堵しているわけでもないのだろうが、「農あるまちづくり」に向けた総合的な政策立案への積極さが今一つ感じられない。

キャッチフレーズだけが残って、具体的な政策が出てこない。
政策立案と管理・運営が同じ土俵(共通認識)にないためということはいえないだろうか。指定管理者制度と行政のポジションの違いがその原因のように思う。

図書館が指定管理者となったとしても同じような問題が出てきそうな感じがする。

「今現在でもそうなのだから・・・」との声もあるが、少なくとも今なら、施策展開が可能である、しかし、指定管理者に移行すると将来にわたって、その可能性が限りなくゼロに近いということではないだろうか。


すでに軌道に乗った施設を管理。運営するだけなら、コストの視点が大事だが、まちづくり、現町長の言う「キラリと光る」部分の施策・施設に関わるものの、単純な指定管理者移行は大いに検討が必要で、よしんば、指定管理者に移行するにしても、委託先の選定には十分な検討が必要なように思う


【付録】

わかりにくいので、例は悪いが、スーパーマーケットに例えてみよう。

指定管理者とは、スパーマーケットのテナントのようなもの。このテナントにそのスパーを特徴付ける目玉商品を売らせるようなもの。

スーパーの本体社員は何をしているかというと、チラシをつくったり、相談窓口を開いたり、カードを発行したりと色々忙しい。無論、スーパーとして欠かせない商品の販売も行っている--という図式になる。

これまで目玉商品などを売っていた社員は? 首を切ることが出来ないので、定年が来るまで、他所の売り場に行ったり、店内を巡回して、テナントと折衝したり、ゴミが落ちていたら拾ってと指示したり、子どもが駆け回っていたら注意したり、スーパー全体の運営のことを考えたり・・・、等々色々な仕事をこなす。

結果として、スーパー全体に働く人は(一時的には?)増える。

テナントが「新しい村」のように地元企業だったら、まだ、その地域に密着した販売方法なりを展開する可能性があるが、大手フランチャイズ店がテナントになればそれも期待できない。

つまり、そのスーパーはどこにでもあるスーパーということになり、利用者は「安ければよい」という価値尺度でしか判断しなくなる。

【おまけ】

行政組織において、論理的には、どこまで「指定管理者」に移行できるのだろう。

施策のポイントであり、町のキャッチフレーズになっている施策の中心施設まで「指定管理者」が可能ということならば、その他、行政の全てが「指定管理者」への移行が可能ということにならないだろうか。

つまり、行政組織そのものを「指定管理者に任せる」。職員全てを指定管理者組織にすることも論理的には可能ということではないだろうか。

指定管理者を競わせ、よりコストが低く、素晴らしい行政手腕を発揮する「指定管理者」を採用する。それが、究極の行財政改革になるのでは・・・・。

現職員の首が切れないというのなら、これから採用する職員は全て指定管理者にする・・・・。

まあ、これは、票が命の面倒見の良い議員さんや町長さんが真っ先に反対しそうなので、実現の可能性は全くないが・・・・。

政治活動とは・・・。2010年05月14日 17時44分16秒

埼玉県宮代町の町議会で14日、全員協議会が開かれ、執行部から6月定例議会に上程する議案やこれまでの主な出来事などの報告が行われた。

その中に、先の3月議会で可決成立した「宮代町市民活動スペース設置及び管理条例」に基づいて、この活動スペースの管理を委託するNPO法人が決定し、活動を開始したとの報告がなされた。

このスペースは、市民活動推進の拠点として広く市民に開放し、各種サークルなどの会合や打ち合わせ、あるいは、休憩場所などに利用されていた。今回、市民活動の更なる活性化をはかり、活動のネットワークを拡大させようと、設置条例を設け、将来的には中心的な活動団体に管理運営をお願いしていこうという考えから「宮代町市民活動スペース設置及び管理条例」が制定された。

ところで、この活動スペースには簡易印刷機が設置されている。サークルなどの活動案内やお知らせなどを印刷するために設置されており、印刷代は徴収するものの、業者にお願いするよりは、かなり安価で印刷できる。このため、人気が高く、利用率も高い。

これまで、この印刷機を利用する場合、公序良俗に反しない限りどのようなものを印刷するかは、かなりの自由度があった。

今回、条例を制定し、将来、指定管理者に管理を任せるとなると「市民活動とは何か」その定義と活動の範囲を規定しなければ、管理者が変われば判断も違ってくるということになるので、規定した。

その内容は「第2条 この条例において、市民活動とは市民の自主的で公共的な課題を解決する非営利な活動をいう。ただし、次のいずれかに該当するものを除く。」というもので、

「宗教活動」「政治活動」「選挙活動」の3つが除外項目となった。

しごく、もっともで、妥当な条例である。

ところが、この条例を可決成立させたはずの議員から問題提起というか横槍というか、超党派で運営にクレームが出された。

問題となっているのは市民活動スペースを使うことが出来ないと規定された「政治活動」についてである。

「政治活動」とは何を指すのか。条例制定時の3月議会でも問題になった。

というのも、利用率の高い、安価で便利な簡易印刷機を利用して「議会報告」を印刷している議員が少なくないのだそうだ。どうしてもこの印刷機を使いたい議員さん。さて、困った。

議会で政治的発言をしてそれを議会報告として町民(支持者)等に配る。これは明らかな「政治活動」と言うのが一般的な判断だと思うが・・・。

ところが宮代議会は「議会報告は議会であったことの報告である」ということで「政治活動」にはあたらないと、執行部にねじ込んで「これまでどおり利用させろ」と折衝を行ったらしい。真意のほどは明らかでないが、市民活動スペースの印刷機が使えないのなら、議会事務局で購入との意見も出たとか・・・。

執行部は、「議員の議会報告が良くて、町民の政治的意見はどうしていけないのだ」とクレームが来たときに備えて、とりあえず「従前どおり」利用してもらうが、この内容だったら「政治活動ではない」という政治的決着をするためのデータ収集のために、とりあえず、印刷文書のコピーを一部提出してもらいファイルすることとしたもようである。

ところが、14日の全員協議会で「コピーを一部提出しろというのは約束違反だ」との論議になった。政治的決着を図ろうという執行部の思惑を、政治家が政治的に壊した格好。

このやりとりを聞いていて、頭がおかしくなるくらい笑いがこみ上げてきた。「議員特権」といってしまえばそれまでだが、それにしても・・・。この調子で他の議案も審議していたとしたら・・・。いや、そんなことはないとは思うが、こうした全く政治的でないお茶飲み話が延々と30分以上もくりかえされたのでは、げんなりである。

このまま傍聴しても、全く政治的ではない「議会報告」しかできそうもないので、途中、退席。お粗末の一席である。


【おまけ】

宮代町では地域のインターネット普及と情報化を進めるため、ホームページのリンク先を募集している。

実は、私のHPも以前はリンクしていただいていた。

しかし、この「アサブロ」にこうした、宮代町議会や執行部のことを「つぶやき」はじめたとき

「政治、宗教、営利等の活動を目的として作成し、発信しないこと」

という「宮代町ホームページリンクに関するガイドライン」に違反するとのメールをいただき、リンクが遮断された。

確かに、政治向きのお茶飲み話を書いているので逆鱗に触れたのだろうが・・・とそのときは納得したが・・・。

町民の「つぶやき」は政治活動で、議員の「議会報告」は政治活動でじはないという奇妙な逆転現象。

この方程式を解く鍵は「政治活動」にあるのでは・・・・。

大本営発表2010年02月05日 19時08分34秒

利害の相反する二人の密室の中のやりとり。
双方に言い分がある。
その時、非のある方は、往々にして必死になって、自らの正当性を主張する。
黙すると「非」を認めたことになるから。

第三者は、必死になって事情を説明してくれる方に肩入れしたくなる。
特に「これは、あなただけに話すんだが、真相はこうなんだよ」と切り出されると、それだけで「俺にだけ」という優越感で無条件にその言葉を信用してしまう。特に、これまで、その後の経過の、そのほとんどがその言のとおり進んでいったとするならば・・・。
片一方の、弁解(主張)を聞くこともなく「真相はこうらしい」と吹聴したがる。

新聞記者のイロハとして「裏をとる」と言うことがある。裏をとった記事だからかこそ報道に堪える記事になる。
裏がとれない場合、見送るか、客観的な第三者の立場で見直して、万人の批判に堪え得ると判断したとき記事にする。
それが、報道の鉄則であると思う。

で、なければ、その記事は真実・客観報道でなく、大本営発表あるいはある意図をもった個人的見解となる。

大本営発表というと、かなり仰々しく特別なことのように思われるが、記者クラブで入手した記事はそのほとんどが大本営発表である。そして、そこで育った記者の多くは、それを大本営発表と思わず、事実だと思い込みたがる。

私などはブログに、この大本営発表をよく利用させてもらっている。だが、見解の相違によって評価が分かれるもの、冒頭の密室の中の利害が対立する事案については、この目で確認しない限り、大本営発表をそのまま利用することは避けるようにしている(利用するときは出所を明らかにし、一方の意見であることを表示するようにしている)。

ところで、昨今の「小沢」記事を見ていると・・・・。
真相を私が知る由もないので、事の是非をコメントする考えはないし、無論それができる立場にない。だから、どちらの視点が正しいとかどうかとのことではなく・・・、「報道ってこれでいいの」という感じを持っている。

新聞離れが急ピッチで進んでいると言われている。「報道」の価値に対する見方がシビアーになっていると思う。私なども報道機関から得る情報は極端に少なくなっている。

「小沢」問題だが、報道機関が取材を積み上げて、「絶対黒なんだよ」「いや、白なんだよ」と思うのは自由である。しかし、報道するときは、裏づけのある事実報道は必須である。密室のなかで語られたとされることが、臨場感溢れる筆致で「お知らせ」(報道ではない)される。そして、世論調査と称して、自らの「お知らせ」によって、世論はこう変わった。どうだ、「お知らせ」の力を思い知ったか・・・と。これが、オピニオンリーダーの真髄かのように伝えられる。これは、いかがなものであろう。

そもそも、その「お知らせ」の裏はだれもとっていない。というより、とれない。とるべき相手が密室の中にいたのだから・・・・。傍証の積み上げというには、客観性が少なく、報道が劇場的である。

中味は違うが、戦争に突っ走った大本営発表となんら変わりがないように感じる「のは私だけだろうか。
いや、真実はうすうす知っているがこうしか書けないという戦時中の大本営発表記事執筆記者には同情こそすれ責めることは酷だと思う。

だが現在、自由な取材活動が出来るにもかかわらず、裏もとらずに、リーク情報(発信側に意図がある情報)をあたかも、スクープ情報であるがごときに「お知らせ」を記事にする記者、それを「売れる紙面のため」と無評価に発信する「お知らせ」機関。

「お知らせ」は「報道」としての価値はない。一読者としては、その、「お知らせ」を基に判断することだけは避けたいと思う。「最低限、密室の片一方のリーク情報(言い分)を聞いてから判断したいと思う。だから、片一方の「お知らせ」だけが続くような「お知らせ」機関からは遠ざかりたいと思う。で、ないと、またあの道を歩むことにつながりかねないから。

片一方の言い分が聞ける状況になったようだ。多くを期待できそうにないが、真の報道機関なら、まず報道機関そのものが今までのポジションをリセットして、もう一方の当事者の「リーク情報」を真摯に「お知らせ」すべきであろう。

で、なければ、ある意図をもって片一方だけの「リーク情報」を「お知らせ」しただけ、との批判は免れないし、報道機関としての地位を危うくすることになりかねないと思うのだが・・・・。

春日部市長選の開票速報2009年11月07日 21時06分30秒

旧聞に属することだが、先月18日、宮代町のお隣春日部市では、市長選挙が行われた、現職と新人の一騎打ちで関心を集めたが、大差で現職が当選となった。

その結果は、マスコミの報道などでさまざまに伝えられているので、この欄で取り上げることはない。

私が注目したのは、春日部市のホームページでの広報の様子である。杉戸町や宮代町での町長選挙においては、ホームページでの開票速報にアクセスが集中し、サーバーがダウンしてしまい、有効な情報発信とはならなかった。

春日部市も同様に開票速報をホームページで行った。春日部市の場合正常に機能した。その体制は素晴らしい。
そしてもう一つ、春日部市の速報ページにはアクセスカウンターが設置されていた。
私は開票結果より、どの程度の人がアクセスしてくるのか興味を持って追ってみた(ごめんなさいサーバーに負荷をかけることをして)。

午後10時頃に開票結果の第1報が入るということで、私は9時55分頃アクセスしてみた。

カウンターの数字は7117を刻んでいた(時間は手元時計なので正確ではなく誤差はかなり大きいとみられる)。

09時59分 7351
10時00分 7476
10時01分 7701
10時02分 7873
10時03分 8201
10時04分 8410
10時05分 8622(第1報入る)
10時06分 8758


10時32分 11024(第2報入る 大勢がほぼ判明)

10時59分 13668
11時00分 13801
11時01分 14095
11時02分 14699
11時03分 14986
11時04分 15292
11時05分 15508(確報入る)
11時06分 15677

1時間で約8000ヒット。

春日部市の当日の有権者数は約19万4千人。投票者数は約7万6千人。投票率39.01%。

これだけの人口で、これだけの投票率で、1時間に約8千ヒット。大雑把に言うと、1分間に約120ヒット、1秒間に2ヒット程度ということになる。

詳細なアクセス記録を分析すれば、災害時などの広報手段としてHPを利用する上でのポイントが見えてきそうな感じではある。

安心を与える春日部市の「安心安全メール」2009年10月07日 19時26分50秒

「台風18号に関するお知らせ 台風18号が接近中です。大雨や強風に備えてください。最新の気象情報を入手し、早めの対応をしましょう。」(2009年10月7日 10::57::31 )
「市内公立小・中学校休校のお知らせ 台風18号の接近により、春日部市内全公立小・中学校では、児童・生徒の安全確保を期するため、明日10月8日(木)休校となります」(2009年10月7日12:12::47 )
「台風18号接近に伴う市役所の警戒体制配備のお知らせ 台風の接近に伴い、10月7日(水)午後1時30分警戒本部を設置し、警戒体制初動を配備しました。 今後の台風による大雨・強風などに備え、最新の気象情報を入手し、早めの対応をしましょう」(2009年10月7日13::55::54 )
「10月8日(木)開催、「ワークショップ親子表現あそびDoDo」中止のお知らせ 10月8日(木)に予定していた「ワークショップ親子表現あそびDoDo」の第2回目は、台風の接近に伴い中止します。なお、第2回目の振替実施はしません。 第3回17日(土)、第4回19日(月)は予定どおり開催します。」(2009年10月7日 15::53::23 )

ちょっと長くなったが、本日、埼玉県春日部市役所が市民向けに発信したE-メールによる「緊急及び連絡情報」である。
申請すれば、送信してくれる。

実に的確で、春日部市役所がどういう対応を行っているかが逐一わかる。

大震災などインフラが寸断されたときどのようになるかは、わからないが、少なくとも平時においては、非常に安心できる情報である。
双方向になれば、もっと素晴らしいが、それはともかくとして、素晴らしい行政サービスだと思う。

こうした情報がもたらされることによってパニックにならなくて良いし、役所は何も考えていないし対応を行っていないのではないかとの疑心を完全に吹き払ってくれる。

各地の自治体で同じような動きにあるようだが、まだのところは早急に導入して欲しいものだと思う。

ところで、私の住む宮代町では、先日、町長選挙と町議会議員補欠選挙が同時に行われた。
選挙の情報は早く知りたいし関心を持つ人も多い。開票所には多くの人が訪れ作業を見守る。

町役場も、この情報を一時でも早く町民に知らせようと、インターネットと電話で対応した。

こういうときの情報伝達の手段としては、あとは、広報車を走らせるか防災無線て知らせるしかない。でも、選挙の結果を夜分に広報車や防災無線では騒音と感じる人も多いだろう。

ということで、電話とインターネットが使われる。

電話の方は利用しなかったのでわからないが、インターネットは・・・・。

宮代町の隣町・杉戸町ではインターネットを使った選挙結果報道で、二回厳しい状況を経験している。
その模様は「埼玉県杉戸町町長選挙で行われた試み」として記載させて頂いたので関心のある方は・・・。

素晴らしい試みであるし、どの自治体でも試みている。
先の衆議院議員選挙では埼玉県なども行った(マスコミなどが速報を行うので、私は利用しなかった。だから、どういう状況であるったかはわからない)。
国政選挙など、マスコミが報道するものについては、情報ルートが複数になるのでさほど問題ではないが、市町村選挙のようマスコミが速報体制を敷かないものは、情報ルートが限られてくるので、どうしても自治体の発信する情報に集中する。

その結果、アクセスが集中してサーバーがパンクするという状況になる。
杉戸町の場合、2回ともパンクしてつながらなくなった。二回目はミラーサイトを設置するなど工夫したのだが、残念な状況になった。

宮代町は・・・。
杉戸町の状況を勉強したのかどうかわからないが、アクセスが集中するということを、ほとんど念頭に置いていないような形で、発信を行っていたように見受けられた。

で、当然、集中してパンクした。

選挙の場合、命に関わる問題ではないので、パンクしたからと言って、パニックにはならないが、さまざまに影響を受けれる人もいる。
情報が最初から入ってこないということがわかっていれば、次善の策を検討するが・・・。

某ブログでは、開票時間帯に、某候補者のところに届け物を依頼された人が、選挙結果を確認してから向かおうとしたらサーバーがパンクして結果がわからないまま向かわざるを得なくなったとのボヤキ記事があった。

選挙結果程度だからボヤキで済まされるが、これが災害情報とすれば・・・。
災害情報の場合、別な方法で知らせることをマニュアル化しているとは思うが、インターネットを情報発信の有力な一つと考えているのであれば、早急な見直しが必要である。

インターネットというのは、サーバーの一つがダウンしても別なルートでネットワークが維持できるところに特徴がある。
その考え方を、生かして、情報発信のあり方を検討してはいかがだろうか。

その意味では、春日部市のE-メールによる発信は、アクセスの集中、パンクを回避する大きなツールとなる可能性もある。
あるいは、E-メールで情報を受け取った人を発信のネットワークの一員にする体制を構築すれば集中とパンクは防げると思う。

書けない 書けない2009年10月06日 08時25分47秒

宮代町長選挙、町議会議員補欠選挙が終わった。

出来るだけ、冷静で客観的に情報を集めたいと思い、町長選4候補を等分の目で見てきたつもりである。

さて、選挙が終わったので、得られた情報を私なりの目で見つめなおしてみたいと思って、昨日から、何回かキーボードに向かっているが・・・。

書けない。書けない。

書く材料はあるのだが・・・・。

客観的に見ているつもりでも、心情的に入り込んでいた部分がかなりあったようである。

ただ、この問題は候補者個人の信条や活動の問題というより、全体的な部分なので・・・。

今回の選挙はさまざまな側面があるだろう。

マスコミ的に言えば、「政権交代後、埼玉県内初の民主党推薦候補の選挙」ということだろう。

これからの地方首長選挙の前哨戦、国政での政権交代が地方政治にどう影響するかとの意味づけである。

そのためか国会議員が応援に駆けつけたり記者も多く集まり、国や県とのパイプがいわれ、その視点から書かれた記事もあった。

だが、無党派層の多いと言われる都市部や一部の人にとっては政党名が大きなポイントとなるが、「民主党」という党の政権実績がない中でそのパイプを主張されても理解は難しかった。

むしろ、パイプを主張すればするほど、これまでの利益誘導型の自民党のやり方とラップして、自民党支持者に危機感を高めさせ、守らねばの意識を高揚させただけで、無党派層が期待する、民主党政権における地方が果たす役割とか『夢』が見えない、あるいは示されなかったと言うことではないだろうか。

つまり、国政が民主党政権に移ったのは自民党政治が×だからで、地方政治の現状に強い×意識を持っていない宮代町では、あえて流れを変えるべき積極的な理由もなければ、それを刺激するような働きかけや推進力を感じなかったということ。

また、宮代町の場合、候補者と民主党のイメージがつながっていかなかったという側面もある。私は、候補者選びの時点でボタンを掛け違ったのではないだろうかと感じる。

民主党にとって、宮代町という土地柄が不幸だっただけなのか、民主党が地方政治に浸透していくための素地が醸成さえていないということかどうかは、これからの選挙結果を見ていく必要がある。

ただ、いえることは、市町村合併の時にも書いたが、市町村合併は自民党の地方組織の足腰を弱くし、地方組織の変革を図りやすい状況を生み出しているだけに、宮代町はともかくとして、大きく変革していく可能性はあるように思う。